たのしい体育

武蔵野美術大学は美術系なのに体育教育に熱心だった。
特に水泳の指導方法では、独自の方法を編み出していた。
それは泳げない人を泳げるようにするための特別な泳法で、
ここの体育先生の自信作だった。
なぜ美大であるのに体育教育に熱心なのか。
美大の学生の中には将来、小中学校の先生になる人もいるだろう。
また、美大で唯一のサマースクーリングを行っているこの学校では、
現役の小学校教師が夏休み中を利用してスクーリングに訪れることが多い。
そこで泳げるための泳法を披露して、その先生から生徒に指導してもらえれば
泳げない子が減るということらしい。

スクーリング中の体育の授業でその泳法について説明された。
それはバタフライの足と平泳ぎの手を組み合わせたもので
「ドル平泳法」と呼ばれた。
ドルとは「ドルフィンキック」のドルだ。
ドルフィンキックはその名の通り「イルカのキック」である。
両足をそろえて蹴りおろすそのキックは水泳の基本的な動作だ。
それに平泳ぎの手を加えて、初心者でも優しく水の中を進めるようになる。
そのフォームは水泳の上達にも適している。

体育の先生はドル平泳法で、何人もの学生を泳げるようにしてきたと熱心に話した。
私は泳ぎが苦手だった。
苦手というよりもほとんど泳げなかったし、学校のプールが恐かった。
だから、その先生の説明に熱心に聞き入った。
先生はドル平泳法を体験してもらうための特別実習を希望者にのみ行うと語った。

私はとても迷った。
本当にかなづちが治るなら体験してみたい。
けれども水は恐い。
私は決心をして、準備をした。
その日、水着をどこで買ったのか今ではよく覚えていない。

夏の日差しの傾く、4時頃だったであろうか。
日差しのこぼれる森の中の玉川上水脇を、ひとり歩いていた。
そのプールは武蔵野美術から歩いて15分くらいの別の大学の構内にあった。
その大学の名前は覚えていない。 けれども広葉樹の隙間から漏れてくる夏の光は記憶に焼き付いている。

つぎ

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