No.6 気持ちのいい約束
 
涼子の部屋と僕の部屋は別々だ。
引っ越してきて最初の夕食のあと、涼子さんは部屋で片づけ。
僕も自分の部屋でベッドに座る。
本当なら僕と涼子さんはおなじフトンで寝るところだが、
僕らは、なんちゃってカップルなので抱き合うことはないのだ。
僕の手にはガラスの試験管。
これに僕の精子をいれて涼子さんのお父さんに渡すのだ。
 
隣からはダンボールのガムテープをはがす音が聞こえる。
涼子さんの着替えの入った箱だろうな。
 
「ねえねん、ダンボールはめがねくんの部屋にまとめて預かって
欲しいんだけれど」
 
串だんごの長男を頬張りながら、涼子さんが来る。
 
「ダイニングに置けばいいんじゃないですか?」
「食べな」
 
僕は涼子さんの突き出した串だんごから一個、頬張った。
 
「アタシの部屋、家具でいっぱいだから、
めがねくん荷物少ないじゃない、
カレシ来るからさ、
かっこいいマンション暮らしを見せたいの」
「男と一緒にいるところ見られたらカッコイイもないじゃないですか」
「彼は私のことを一番理解してくれる人なの」
「男の焼き餅は、きついって言いますけど」
「それ…」
「?」
「試験管、本気でやるの?」
「お父さんとの約束ですから」
「約束?」
「そう、約束」
「やめなよ、変な結果が出たらどうするの?」
「変な結果って、数が少ないんじゃないかとか、ウィルスが混ざっているとか、
 ですか?」
「気持ち悪くない?」
「変な結果が出たら終わりなんでしょうね、カッコイイマンション暮らしも」
「絶対ダメ!」
「僕の責任ではないです、体の具合ですから」
 
涼子さんは僕のベッドに座った。
だんごの三男は刺さったままだ。
勇気ある男ならここで押し倒すんだろうな。
 
「最後にしたのはいつ?」
「僕は未体験ですから」
「違う、ひとりでやったりしてない?」
「や、それは…」
「三ヶ月前?、一ヶ月前?」
「恥ずかしくて言えませんよ」
「一週間前?」
「そんな…、五日くらい前だったかな…」
「くらいってなによ!、ハッキリ覚えてるんでしょ」
「おとといです」
「薄くなっちゃうじゃない」
「え、そうなんですか?」
「それに不潔だし、不健康だし」
「そうですか…」
 
涼子さんは少し興奮気味で、その体温は空気をとおしても僕の右腕に感じる。
 
「うちのお父さんとめがねくんじゃ、出すしかないんだろうね」
「そうです」
「今夜出すんだね…」
「そうです…」
 
涼子さんは僕を見つめた。
美人だ。
 
「出したら、アタシに見せてね」
「今ですか?」
 
涼子さんは最後のだんごを頬張った。
僕のも食べて欲しいな。
声に出しては言えないけれど。
 
僕はめがねくんだ。
 
つづく
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