No.12 元気でな
 
涼子さんはお弁当のカラ容器を水ですすぐと
いなげやの袋へ入れる。
 
「これは発泡スチロールだから、スーパーのあそこに入れるんだよね?」
 
あそことは、スチロール容器の回収箱のことだろう。
アソコか…
僕はリモコンでテレビを付けた。
涼子さんは僕の手からリモコンを取ると音量を絞る。
 
「勉強するから、テレビは静かにしてね」
 
涼子さんは自室に閉じこもった。
僕は部屋に戻るのがもったいない気がして、
居間のテレビを見ている。
音量は小さくて良く聞こえない。
 
紛争の映像だ。
テレビだと怪我人は写らないけれど、あのブラウン管の外側には
爆弾で負傷した人や火傷を負った人がいるんだよな。
僕は恵まれている。
いや、明日は我が身か。
 
涼子さんの声が聞こえる。
ドラマの台本だろうか。
読まない人もいるらしい。
涼子さんは偉いよね。
 
部屋の中から聞こえる携帯電話のベル。
涼子さんの携帯電話。
「あ、どうもー」
 
彼氏だ。
彼氏だな…
彼氏だよな、あれは…
うれしそうだもんな…
 
ドアベルが鳴る。
だれだろう。
僕はインターホンの受話器を取った。
 
「はい」
「もしもし」
「はい」
「もしもし、取りに来たよ」
「はい?」
「もしもし、お父さんだよ」
「あ、お父さんですか」
「お父さんだ」
 
僕は約束の品を冷蔵庫から取り出し
ビニール袋をほどいて試験管を見る。
僕の息子達、よく冷えているな。
涼子さんが携帯を片手に部屋から出てくる。
 
「非常識!、こんな晩に来ないでって言ってよね!」
「あ、はい…」
「そんなもん、渡さなくていいんだからね、不気味!」
「これ渡さないと帰らないと思うんですけれど…」
「めがねくん!、私に口答えするの?」
「すみません…」
「男って、しようもないことにこだわってさ!」
 
というと、涼子さんは携帯の彼氏に切り替える。
 
「あ、ごめんね、うん…」
 
その彼氏だって男じゃないか。
僕は玄関を開けた。
 
「めがねくん、どうだ甘い生活は」
「どうも、なんとかやっています」
「そうか、やっているか」
「や、やってはいないんですけど、
 平和に暮らしているところで」
「やってないのか、そうか」
 
僕は試験管をかざした。
 
「コレですね」
 
お父さんは試験管の白濁を見る。
 
「これだけか…」
「冷えて固まったのだと思いますが、
 なにか、まずいですか?」
「まあいい、クーラーボックスを持ってきた」
「大きいですね、釣りにでも持っていきそうな」
「キャンプ用品だ」
 
お父さんが空っぽのクーラーボックスを開けると
僕は試験管を中に置いた。
 
「転がって割れそうですね」
「そうだな、少し傾けて持ち歩こう」
 
お父さんはそのまま、居間へ上がり込む。
 
「あれは、どうした」
「アレっていいますと…」
「君のハニーだ」
「涼子さんは部屋の中です」
「ここか」
「開けると怒られます」
「涼子、お父さんだ、なにか用はないか」
 
ドアの向こうから涼子さんの大声。
 
「もう、来ないで」
「用事は終わったんだよ、帰るところだ」
 
無言。
そうだろうな…
 
「僕、下まで送ります」
「お茶も飲めずに退散か、寂しいものだ」
「お茶入れた方がいいですか?」
「今度、来るときにそうして欲しい、お茶よりコーヒーがいいだろう。
 今夜はこれから寄るところがある」
「試験管をどうするんですか?」
 
涼子さんが自室の扉を開ける。
 
「早く帰って!プライバシーを尊重して!」
「わかってる、怒るな、お父さんは帰るよ、
めがねくんも、私を送らなくていいから、
このままハニーのそばに居てくれ」
「はい」
 
お父さんは小声で。
 
「めがねくん、今夜は抱かないのか?」
「それは、まだ無理です…」
「めがねくんの好きにしていいんだからね、私が決めたのだ」
「はい…」
 
涼子さんが睨んでいる。
お父さんは僕の股間を握ると、こう言い残した。
 
「元気でな」
 
つづく
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