オーバーヒート

当時、三井造船の下請け仕事を始めたばかりの私には、 コンピューターと造船という取り合わせが意外であった。
けれど先輩から、船にはPDP−11というコンピューターが積まれていて、 重要な役割をしていると聞かされた。
なるほど、船には自動操縦装置が積まれているという話も聞いたことがあるし、
あれだけの巨大な機械を動かすのには
コンピューターは便利なのかもしれない。
東京・新橋の海のそばにある三井造船のビルは、油のにおいとは無縁の商社のようなオフィスビルだった。
歴史を感じさせるビルの中、特に二階にあるレストランはウイスキーのボトルの並ぶ不思議な空間だった。
夜になるとバーになるのだろう。
高度経済成長期には社員達がここで酒を飲みながら議論を戦わせたに違いない。

ビルの三階がコンピュータールームだった。
数十台の端末機の並ぶ部屋には、私のような下請けのプログラマ達であふれていた。
その隣がマシン室というコンピューターの並ぶ部屋で、エアコンが寒いくらいに効いていた。
マシン室にはPDP−11のほかにVAX(バックス)というミニコンが鎮座いていた。
VAXはPDP−11と同じDEC社のコンピューターで一台数十億円するといわれていた。
それは数十人の人が同時に使用できるほどの力を持つコンピューターで
これを使ったプログラマは皆から一目置かれる、あこがれのマシンでもあった。
VAXはパワーだけではなく使いやすさも抜群で、
パソコンを使うような気楽さで覚えやすかった。
VAXを使ってみて、日本のコンピューターがいかに遅れているかを思い知らされた。
しかし、史上最強を誇るVAXにも弱点があった。
夏場、このビルは夕方6時を過ぎると冷房を止められてしまっていた。
すると、VAX自体の発する熱で室温は上昇していき、マシンがオーバーヒートして止まってしまうのであった。
残業を強いられていたプログラマ達は冷房が止まると、すぐにマシン室の窓をすべて開けて
VAXを冷やそうとがんばったが、よく止まった。
使いにくさで評判のMS−140というNEC製のミニコンも、この時ばかりは熱帯夜にめげずに働き続けて
皆を感心させていた。
このMS−140というコンピューター、真夏の九州工場の冷房のない部屋で平然と動き続けたという実績がある。

つぎ

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