通信制大学
東京に帰ってきて、しばらくはゆったりした時間を過ごした。
私はこのとき東久留米の四畳半の一万三千円のアパートに住んでいたが、
いろいろ興味のあることを実行するために会社のそばの
池尻大橋駅と神泉駅の間くらいのところにアパートを借りた。
渋谷へ歩いて10分位で四畳半の角部屋、日当たりが良くて二万五千円という安さ。
当時はバブルが起こる前、まだ銭湯が230円の頃だった。
渋谷ではカフェバーが流行し、ゲーム機といえばファミコンしかなかった。
過酷な仕事でグッタリしていた私は、本屋の横にあった通信制の大学のチラシに目が止まった。
通信制大学とは家にいながら大学の勉強が出来る制度で、
卒業すると大学卒と同じ学歴が得られる。
それに競争率も低いので入学を望む人が全て入学できるというとてもありがたい制度なのだった。
その中で私の興味を引いたのは武蔵野美術大学の油絵科だった。
美術系の大学で唯一通信科を置いているのは武蔵野美術だけで珍しいものだった。
しかも、夏にサマースクーリングという、直接授業を受けられる機会があり、
そのとき職場宛に、仕事を休ませて勉強させて下さいという旨の手紙が、
学校から送られてくるしくみもあるのだった。
私は残業続きでお金持ちだったので願書を送り、
27万円の学費を振り込んだ。
送られてきた教材にびっくり。白い石膏の立方体と円柱の組立キットだった。
これは木炭デッサンのときに描く対象なのだった。
実は石膏ではなくボール紙とベニヤ板の組み合わせで作り、
ポスターカラーの白で仕上げるものだった。
これをテーブルに置いて、イーゼルに立てかけた木炭紙に向かって描き、
専用の包み紙に巻いて武蔵野美術宛に郵送すると採点されてかえってくる。
そして課題の途中からは石膏像を購入しなければならないのだが、
これは新宿にある世界堂という画材店の石膏像が安いというのを聞いて、
8000円位で購入した。アグリッパという像のコピー品だ。
これを描くとかなり本格的な木炭画になった。
私は上司とサマースクーリングの長期休暇について会議室に呼ばれた。
私はかなり生意気な若造だったのだろう。
上司はムッとしていた。しかし、私も地理情報の仕事などで
うんざりして開き直っていたので無敵だった。
渋々許可を得た私は、仕事にやりがいを120%つぎ込むのをやめて
他の人たちと同じ程度の仕事量に抑えた。
そして休みを取って武蔵野美術大学のキャンパスに向かった。
つぎ
もどる