噂の現場

N証券の開発室へ移ったのは、納期の一ヶ月くらい前だったろうか。
清涼感と高級感の漂うオフィスをあとにして、
チーム全体は顧客先であるN証券の開発室へ移動してきた。
五反田の駅前に建つビルの上の階を3フロア使用していた。
全面、ダークグレーの事務机が並んでいる。
いままでの白くて新品の机に比べると、東京中の古い机を集めてきたような、
そんな印象であった。
その窓側の一角が私たちのプロジェクト用の机であった。
私たち以外にも無数のプロジェクトのグループがいた。
人数の多さに圧倒されてしまう。
それぞれの机には設計書を束ねたキングジム、コンピュータリスト用のバインダ、
マニュアル類が積み上げられていた。
そのまま根をおろしたような人たちも多い。
タバコも自由に吸えるようで部屋全体がタバコの煙で、靄がかかっていた。
別のビルのは大型機の収まったコンピュータールームもあると聞いた。
いくつものプロジェクトが入れ替わりで出入りするようで、
机が空いているところもあった。
コピー機はスチール棚に囲まれた部屋のようなところにあって、
まるで新聞でも印刷しているかのように、常に何かをコピーしていた。
コピー機を使うためにはプロジェクト単位で配られる
手のひら大の黒いカウンタを持っていき、差し込まなければ動かない。
私はカウンタを借りるのが面倒くさかったのであまりコピー機には近づかなかった。
コンピュータを利用する人は端末機の並ぶ一角まで移動する。
私たちの使うIBMのラップトップは平机の上に並べられて、鎖と南京錠でつながれた。
盗まれないためなのだろう。
誰が持って帰ってもおかしくないほど人が密集しているのだから。
私の同僚でNくんがいっしょに仕事をしたと思う。
あとONさんという人も先に来ていた。
ONさんはジェーマスの人たちからとても信頼されていた。
いっしょに仕事をしていたのはKさんだったかもしれない。
近所の天下一というラーメン屋でよくホンコンラーメンを食べた。
ただ一つ明瞭に覚えているのは、この煙と汗の匂いの漂う開発室で一生働くのはいやだなと思ったことだ。

つぎ

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