初めてのゲームプログラム

電脳学園を1の頃から手掛けてきたA先生の元で
PC8801版のプログラムを作ってきたのがIKさんだった。
電脳学園2を終えて電脳学園3に取り掛かるというハードスケジュール
をこなしていた。当時の家庭用パソコンはPC8801が主体で
PC9801は少ないほうだった。
PC8801版を作ってからPC9801版に移植をするのが普通だった。
それを今回の電脳学園3で同時発売に近い形にすることになった。

私とIKさんはガイナックスで打ち合せをして画面の仕様を合わせていった。
電脳学園3は「トップをねらえ」というAさんの監督したオリジナルビデオの
キャラクターを元にして作られている。
ゲーム画面もAさんのアイデアが使われていて、
そのイメージを崩さずに組んでいかなければならなかった。

PC9801だった私はなんとか形にしていった。
PC8801とPC9801は性能的に2倍以上の開きがあった。
それでもIKさんはイメージを損ねずに再現していった。
その確かな腕前に頷くと同時に、PC8801というパソコンで
作られるソフトの質の高さにも感心した。

電脳学園3の絵の部分の原画は、アニメーションのスタッフと同じ人が担当した。
それをTMさんのグループがパソコン上で着彩する。
色のついた絵を受け取りPC286VS上でプログラムに組み込んでいった。

絵の中でヒロインにロープの絡まった絵があった。
この絵が倫理的に通るかどうかで、待ったがかかった。
「トップをねらえ」の版権元の一社がビクターだったことも
その判断に時間が掛かった原因のひとつであると思われた。

ゲーム面の演出のチェックでAさん自身がごく僅かであったが立ち合った。
私はIKさんほど仕様を把握していなかったので、
その監修に基づいて数ヶ所変更した。

電脳学園3は「トップをねらえ」の知名度も手伝ってヒットした。
ヒットといってもこの当時のパソコンゲームでは3000本を越えれば
ヒットだったのである。

これをきっかけにしてパソコンソフトが儲かる商売として
ガイナックスとゼネラルプロダクツの中で確立していった。

つぎ

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