No.4 ふたりで生鮮食料品コーナー

西の空だけがうっすらと水色で、すでに夜の気配。
レザーの楽器ケースを持った男はレンタルスタジオ帰りか。
小劇場の立て看板を置きに来た演劇青年がいる。
パチンコ屋の喧噪と焼き鳥の匂いが混じってくる。
 
僕は涼子さんといなげやへ向かうのだった。
 
「めがねくん」
「なんですか?」
「ちょっと、呼んでみただけ」
「はい…」
「めがねくん?」
「はい?」
「手、つないであげようか」
「同情なんでしょうね、それって」
「わー、かわいくないねー」
「『してあげよう』という発想は傲慢な態度のあらわれです」
「ほら」
 
涼子さんの手はみずみずしくてやわらかい。
 
「ふたりで引っ越してさ、初めての買い物でしょ、
気分がいいじゃない、空気も暖かいし」
 
涼子さんの笑顔はとてもかわいい。
 
いなげやで女の人と買い物したのはこれが初めてだと思う。
涼子さんのナスを扱う手つきは、弾力のある表皮が水分を滲ませるかのようだ。
 
キュウリ、バナナ、オレンジ、アボガド、
きゃべつ、たまねぎ、ニンジン、トマト…
僕は子供の頃、トマトが嫌いだった。
 
「一個250円は高いでしょうか」
「いいんじゃない?、トマトくらい」
 
僕は自分のカゴにトマトをいれた。
重い買い物カゴを持つのは男の役目だ。
 
「ビールは4本くらい飲むよねー」
「涼子さんも飲むなら」
「あ、白の角瓶って結構おいしいよね」
「ビールとウイスキー、カゴに入れて下さい」
「そうそう、お米買わないと。あきたこまち5キロ」
「お米もカゴに入れて下さい」
「そんなに入れて重くない?」
「軽いです」
「おったまげー、トイレットペーパー8ロールで218円だって」
「珍しいですか?」
「アタシ、一人暮らしするの初めてだから、
トイレットペーパー買うのも初体験だもん」
「一人ではなく、僕と一緒に暮らすんですけど、
 それから初体験という言い方はしないと思います」
「ティッシュペーパー5箱で198円、これも買おうっと」
「あきたこまちの上にトイレットペーパー8ロールと
ティッシュペーパー5箱、乗せるのだけは
やめて欲しいのですけれど」
「なんだ、重いなら重いってハッキリ言いなよ、
めがねくん、そういうとこダメなんだよね」
「これは男の優しさです」
 
涼子さんは声を出して笑った。
唇の奥に白い歯と濡れた舌が見えた。
 
つづく
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