No.9 ポストの前でお隣さんと
 
僕は街を探検したくなった。
701号室に鍵をかけ出かけよう。
お隣さんは702号室。
Tシャツの彼女はまだ部屋の中かな?
表札に名前はない。
その隣りが703号室…、705号室…。
704がない。
僕が住んでいたところも4と9の付く部屋は無かった。
マンションも同じなんだな。
 
エレベータで一階に下りる。
玄関の横がポストだ。
Tシャツの彼女は「鈴木」さんだった。
鈴木さんか。
夫婦かな。
ひとり暮らしだと、ちょっといいかも。
複雑な人生の女だったりして。
僕も複雑な人生だ…
涼子さんと同居しているのに抱き合うことはない。
 
僕たちに郵便は来ているかな?
な〜んて、昨日、越してきたばかりである分けないよ。
出てくる出てくる、ピザハット、ピザーラ、ドミノピザ…、ピザ屋ばっかり。
Hビデオ、マンション、引越センター、風水、どれも間に合っている。
ビデオ?
涼子さんといるだけでHな気分だから、今はいらない。
 
このバケツ、チラシがいっぱい捨ててある。
これにチラシ捨てるんだ。
 
「あのねえ、できれば部屋に持ち帰って欲しいんだけれど、
 それ捨てるの面倒なのよね」
 
初老の女性。
差別的にいうと、おばさんだ。
 
「701号室の人だね」
「はい…」
「若いね」
「はい」
「701か…」
 
大家さんだ。
4の番号を気にしそうだ。
ちょっと線香の香りもするから仏壇のある家だろうな。
 
「701号室、いい部屋ですね」
「気に入ってくれた?、あそこは縁起いい部屋なのよ、
 入居した人は全員出世して出て行くの。
 前は音楽やっていた人が入っていて
 どこかの会社に入社してからって、
 広尾のスタジオ付きの大きい部屋に引っ越してったの。
 その前は登山の本の会社に勤めていて、
 一番偉い立場になったらしいのよ」
「社長ですか?」
「あんたも若いから、いくらでも出世できるわ、がんばりなさい」
 
昼間からフラフラしている僕が、出世するように見えるかな。
 
「702号室の人は長いんですか?」
「ああ、鈴木さんね、逢ったの?、ま、いいけれど、
 部屋の設備はどう?、壊れているところはない?」
「あ、いい感じです」
「そ、良かったわ、これからお仕事?」
「ええ、まあ」
 
ホントはただの散歩。
大家さんは早足でマンションの奥へ去った。
鈴木さんのことは聞いちゃいけないのかな。
 
バケツはダイレクトメールで溢れている。
資源の消費が気になるところだけれど、仕方ないよ。
Hビデオのチラシだけでも持っていこうかな…
僕の横に、短パンの素足。
鈴木さんの生足だ。
 
「こんにちは」
 
体育会系の足に香水の香り。
クリスチャンディオールの何番とかいう奴かな。
 
「鈴木さん…」
「え?、あ、やだな、ポスト見たの?」
「すみません…」
 
もしかして、
足の付け根が見えそうな短パンで、
上はヒラヒラのTシャツで、
街に出かけるのかな。
 
「ちょっといい?」
 
鈴木さんはポストの中身を取ると、素早く玄関を抜けていった。
ホントに出かけた。
襲われても文句言えない格好なのに。
高層マンションって凄いな。
 
オートロックは相変わらず開けっ放し。
僕は面倒が無くていいけれど、女の人にとっては迷惑だろう。
 
鈴木さんが戻ってくる。
男の人といっしょ。
郷ひろみみたい…
 
僕は会釈したけれど、鈴木さんは僕のことを完全無視。
がっかり。
そうか、僕って何かを期待していたんだ。
愚かだな、僕って。
 
涼子さんが恋しい。
 
つづく
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