No.10 楽しいことつらいこと
 
夕方はビルが夕焼け色に染まる。
僕はめがねくん。
部屋に居ながらにしてパノラマの風景。
じきにこの風景にも慣れてしまうのだろうな。
 
ニュースは焦臭い。
クリントンのコメントと缶コーヒーのCMが交互に入るところが
世紀末な感じだ。
 
夕飯、どうするかな。
新しい台所だし、カレーでも試そうかな。
 
玄関のベルが鳴る。
誰だろう?
 
「アタシ」
「鍵、あるんじゃないですか?」
「ドアベル、どんな音がするのかなって」
「そうですか」
 
涼子さんはホカホカの弁当をぶら下げている。
 
「今日は疲れちゃったからお弁当にしたの。
 今夜、宿題があるから時間ないし、
 めがね君の分も買ってきたからね」
「え、すみません、っていうか、
 ご飯つくる気持ちもあったということですね」
「食べるでしょ?」
「ありがとうございます」
「さ、食べよ食べよ」
 
涼子さんはダイニングのテーブルにお弁当を置くと、
キッチンでケトルに水を入れる。
ああ、なんかとっても女の子らしい。
 
「おみそ汁もインスタントだけれど、ごめんね、作れなくて」
「あ、いいです、涼子さんは忙しそうですから」
 
本当は僕が用意しないといけないのかな…
涼子さんがケトルをガスレンジに置いて火をつける。
今日の涼子さんは、やさしい感じがする。
 
「なんか手伝います」
 
と、僕はインスタントカップみそ汁の包装をといて、
味噌を絞り出す。
発泡スチロールのカップ、なんか資源のムダだな。
って、涼子さんの親切を、なんてこと言うんだ。
 
涼子さんがケトルでお湯を注ぐ。
 
「唐揚げ弁当にしたんだけれど、食べられるよね?」
「僕は好きですよ、唐揚げ」
「そう良かった」
「涼子さんにお弁当買ってきてもらったことが…、
 ちょっとうれしいです」
「そう」
 
涙が落ちる。
涼子さん、泣いている…
 
「めがねくんお腹空いてるでしょ、早く食べようね」
 
涼子さんはレンジにケトルを戻し、ティッシュで涙を拭いている。
今日、何かあったんだ。
 
僕は涼子さんが大学で何を勉強しているのかも
どこでどんな風に仕事をしているのか知らない。
なにか、つらいんだ…
涼子さんの涙の前に僕は無力。
今、判った…
 
「先、食べていいよ」
 
僕は椅子に座ると、弁当のフタを開けてみた。
高円寺の唐揚げ弁当は4個。
キャベツも結構入っている。
多くの人で街が賑わっているからだよね。
唐揚げ弁当は街の顔だ。
 
涼子さんも食べ始めた。
静かな夕食。
 
「ご飯おいしいね」
 
そういうと涼子さんは、涙のつぶを落とすように泣き出した。
 
涼子さんに涙の理由は聞けない。
強い男になりたいな…
 
つづく
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