No.11 舌は濡れている
 
僕と涼子さんは静かに夕食を終えた。
涼子さんはお腹が満たされて落ち着いたようで、
椅子にもたれるようにしてテレビを見ている。
 
「ソファみたいにくつろげるイスが欲しいね」
「買うんですか」
「そのうちね」
「僕も半分出した方がいいでしょうか」
 
涼子さんはテレビの歓声につられて笑う。
 
「ダウンタウンって仲いいのか悪いのか、判らないよね」
 
テレビっていうのは魔法の箱って、誰かが言ってたっけ。
途切れた会話をどう繋ぎ合わせたらいいのかな。
ただ、テレビの音だけが流れている。
涼子さんが窓の外を見る。
 
「凄い、夜景、きれいだね」
「ここは7階ですから、展望台みたいなもんですね」
 
涼子さんはサッシをあけてベランダに出る。
 
「飛行機に乗ってるみたい…」
 
僕もベランダに出る。
そこは無数の明かりを敷き詰めた夜。
クルマの赤いライトが流れ、オレンジ色に賑わう通りがある。
青白い点の明かりを並べたような静かな道路も見える。
すべての明かりが空気をとおしてキラキラ輝いている。
僕は涼子さんと、宝石のような風景を共有していることに優越感を感じている。
僕だってロマンチックな瞬間を過ごしている。
 
「めがねくん、見て、電車が走ってくる」
「今頃は仕事に疲れた人たちが、いっぱい乗っているんでしょうね」
「そんなふうに言われるとちょっとやだな」
「あ、すみません」
「めがねくん、女の子と腕組んだこととかないでしょ」
「ハッキリいいますね、僕だってありますよ」
「いつ?」
「中学のときフォークダンスで…、あ…、あれは手だけだったかな?」
「ふーん…」
「つまらない男だと思ってるでしょ」
「思ってないよ」
「僕みたいなのには縁のないことです」
 
涼子さんは僕の腕に触れると、腕組みで僕を引き寄せた
僕と涼子さんは腕組みで東京の夜景を見ている。
涼子さんの身体の柔らかいところを僕の身体が感じ取っている。
腕の内側は特に柔らかくて、敏感で、暖かい。
涼子さんは僕を見て笑顔を返す。
 
「しあわせ?」
「はい…」
 
涼子さんは僕の肩に寄り添ってきた。
なんか気持ちいい。
 
「キスくらい、しちゃおっかな」
「え?」
「軽く」
 
涼子さんはそういって僕の頬に唇をタッチした。
僕は涼子さんの唇と高い鼻の頭を感じ取った。
 
「どう?」
「いいかもしれない」
「もっと喜んでよ、女優のキスなんだから」
「喜んでます、その、感情表現がいまいち下手で」
「ほっぺじゃ物足りないんでしょ」
「そんな…」
「ちょっとだけ、してあげる」
 
涼子さんの目は僕の口元を見ている。
涼子さんの顔が近づいてくる。
いよいよだ。
僕の口に唇をあわせる。
濡れた舌。
涼子さんは濡れた舌を僕の唇へ割り込ませてくる。
僕も舌を絡めなきゃ。
相手のつばきの味はしないんだ、初めて知った。
舌の上のザラザラがこすれて感じる。
キスってこんなに激しいものなんだ。
涼子さんの体温と呼吸を感じる。
涼子さんは唇を離すと、顔を赤くしている。
 
「やっちゃった」
「すみません…」
 
涼子さんは満足そうな表情だ。
もしかして僕でもいいのかな。
ああ、このまま彼氏さえいなければ…
僕だけの涼子さんにしたい。
 
つづく
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