No.20 モラリスト
夜の公園。
樹木に囲まれた薄暗い小道。
薄暗い街灯は省資源の時代にあっているかもしれないな。
木々はいくつにも折り重なり、僅かな隙間から繁華街の明かりが洩れてくる。
ありきたりのベンチで抱き合っているふたり。
僕と鈴木さんだ。
こんなシチュエーションは作り話の中だけだと思っていたけれど。
鈴木さんはジュースの缶を持ったまま、僕の肩に手を回して頭を寄せている。
汗混じりの体臭はここちよいものだ。
僕って野獣かも。
僕は手を滑らせ缶ビールを落とした。
アルミ缶の転がる音に女性のカラダは反応する。
鈴木さんは顔を上げ、少し冷静になったようだ。
短パンから肌色の腿がはじけるようだ。
「肌が触れるくらい薄着の女に抱かれて、困っているでしょ」
「そんなことは」
鈴木さんは姿勢を正すように座り直す。
「少しは感じてくれるかな、と思ったりして」
どう答えたらいいのか、困るな…
僕がどう言おうと傷つけることになるのかも。
「僕は…」
鈴木さんは少し表情を曇らせる。
「鈴木さんはいいと思います」
鈴木さんの表情がゆるむ。
「私ね、ちょっと恐いんだ」
「恐い?」
「男の人って、何考えているかわからないから」
「僕のことなんか、恐くないでしょ?」
「貴方はやさしい、一緒に住んでいる彼女は幸せね」
「鈴木さんのお相手もやさしい人でしょう?」
鈴木さんは缶ジュースの残りを飲み干す。
その飲みっぷりは体育会系だ。
鈴木さんの手の中でジュースの缶が潰れていく。
アルミ缶だけれど女の手で潰れる缶。
鈴木さんが放り投げた缶は、軌道を描く人工衛星のように林の向こうに消えていった…
え、そんなことしていいの?
危険な女…
「もし逢いたくなったら、いつでも相手してあげる、最後までしてあげる」
「空き缶…」
「?」
「空き缶は…ゴミ箱へ…」
鈴木さんは顔をこわばらせた。
ここは公園だし…、缶は…、ゴミ箱の方がいいと…、学校で習ったんだ…
鈴木さんは林の中へ入って行ったきり帰ってこなかった。
僕は立ち上がらなかった。
僕が鈴木さんを怒らせたんだよな。
缶ぐらいでブツブツと…
僕はつまらない人間だ…
僕は頭を落とすようにして地面を見た。
ベンチに下には表紙のはがれた女性週刊誌が落ちている。
泥まみれの週刊誌を拾うとグラビアのサッチーが痛ましい。
長者番付の記事だった。
僕はそれをもって備え付けのゴミ箱まで行くと公園の美化に貢献した。
涼子さんの彼氏、もう帰ったころかな…
つづく
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